2016年5月1日日曜日

八十八夜(はちじゅうはちや)


厚木・広沢寺の茶畑 (2016/05/01)
”夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る・・・”、と童謡の「茶摘み」で歌われたように、新緑が目にまぶしいころとなり、野山に再び生気が戻ってきた。

 今年は、5月1日が「八十八夜」にあたり、広沢寺の小さな茶畑もみずみずしい若葉に彩られている。
 このころ摘まれる新茶は「一番茶」と呼ばれ、高級な玉露などとして加工される。
 特に、「八十八夜」に摘まれたお茶は、昔から無病息災や不老長寿の縁起物とされてきた。

 ちなみに、6月中旬から7月上旬に摘まれるお茶を「二番茶」、7月中旬から8月下旬に摘まれたお茶を「三番茶」と呼ばれている。

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 「八十八夜」は、「節分」や「お彼岸」などと同じ日本特有の暦の節目の日である雑節(ざっせつ)の一つで、立春から数えて八十八日目に当たることからこの呼称がある。

 暦の上で季節の変化の目安として使われる特定日としては、「二十四節気」が知られているが、元々は中国から渡来したものであったことから、日本の季節感とずれるところもあり、日本の風土や慣習を補足するように雑節が付け加えられたとも言われている。

 「立春正月」という言葉があるように、古くは一年の始まりを立春とする考えがあり、毎年繰返される季節の移り変わりを正確に把握することは、自然を相手にする農民にとっては重要なことであった。

 その年の農作物の収穫に大きく影響すると考えられる事象・事柄が、生活の知恵としての暦の節目として伝承されてきたものと考えられる。

 現在でも、国立天文台 (旧東京天文台)が毎年2月の官報に翌年の暦象要項を発表していて、その雑節の項には「春・夏・秋・冬の土用」、「節分」、「春・秋の彼岸入り」、「八十八夜」、「入梅」、「半夏生」、「二百十日」の日付などが記載されている。

 1873年(明治6年)1月1日、日本の暦がそれまでの太陰暦から太陽暦に改暦されることになり、従来の暦本に記載されていた「迷信的暦注は世に害をなすもの」としていっさい禁止されてしまったが、その際それらの暦注の中のいくつかが、単なる迷信とはいいがたく、行事的な意味で国民の生活に深く結びつきのあるものが「雑節」の名で集められ、現在まで残されてきた。



八十八夜の若葉 (2016/05/01)
ところで、何故「八十八夜」なのかについては諸説あり、漢数字の「八」という字が末広がりで縁起が良いとされていたことから、これを二重に重ねたもので、特別に大切な日とされたとも言われる。

 ちなみに、「八十八歳」を「米寿」としてお祝いをするように、「米」という漢字を分解すると八十八という字になることから、農業に従事する方にとっては「五穀豊穣」を願う特別重要な日とされてきた。

 幼い頃、食事の後にお茶碗に御飯粒を残したりすると「お米は、お百姓さんが八十八回(たくさんの、数え切れないほどの意味もある)も手間をかけて作ったものだから一粒でも無駄にしてはいけませんよ」などと言われたものである。

 現在では、農業の形態も様変わりしてしまったが、かつてはこの頃になると農家では種まきをはじめ、茶摘み、養蚕などの春の農作業で忙しくなる頃であった。

 また、「八十八夜のはね豆」(大豆が二つに割れて、芽を出すこと)、「八十八夜の針たけ」(稲の苗が縫い針くらいの大きさになること)などの諺にもあるように、この日を作物の生育状態を判断する上の目安としていた。

 埼玉県の秩父地方では八十八夜を「荒れ神の日」と呼び、村によっては5月2日と定めて日待を行い、作物の豊作・安全を祈る風習があったという。 この時期が農作物栽培の初期段階でたいせつな頃に当たっている所以でもあろう。




 気象の分野で言えば「晩春」とも言われ、この頃まではよく遅霜がおりて農作物に被害を受けることも多いいが、この日を過ぎると霜がおりることもなくなり、農作物への霜害の心配もなくなるということから「八十八夜の別れ霜」とか「忘れ霜」などの諺(ことわざ)もある。

 この諺(ことわざ)は、京都や奈良地方で言いだされたものとも言われ、お茶の産地で知られる宇治地方では、これ以後に霜除けの葦簀(よしず)を取り除く風習があったという。
 南北に長い日本列島では、必ずしもこの諺通りとは言えないが、関東以西の太平洋沿岸地方から、山間部を除く九州・四国地方も大体この諺の適用範囲と言えるかもしれない。

 また「八十八夜の毒霜」、「九十九夜の泣き霜」などという言い伝えのあるように、遅霜が降りる時期でもあり、急に気温が下がって霜が降り、一夜にして農作物や果樹に思いがけぬ大被害を受けることを警戒した言葉でもある。

 「八十八夜」は、遅霜よる農作物の被害を注意喚起する雑節でもあるといえる。




 「八十八夜」を過ぎると、数日で立夏(りっか)、暦の上では、もう夏が始まろうとしている。




「茶摘み」(童謡、文部省唱歌) 明治45年(1912年)

1、夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る 
  あれに見えるは茶摘じゃないか あかねだすきに菅(すげ)の笠

2、日和(ひより)つづきの今日このごろを 心のどかに摘みつつ歌ふ 
  摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ 摘まにゃ日本(にほん)の茶にならぬ







「 出流れの 晩茶も八十八夜かな 」     (正岡子規)


「 霜なくて 曇る八十八夜かな 」       (正岡子規)