2015年4月30日木曜日

がん治療の未来


(2015/04/30)

● ガンの未来と完全完治の治療法はあるのか!


 がんに対する「近代戦」が宣言されてから数十年たつが、科学者や医療関係者たちは新たに分かってきたことに日々興奮しているが、しかしその一方で、がんの予防法や治療法にほとんど進歩がないことに不満を覚える患者や家族は多いのではないだろうか。
実験・研究レベルで結果が、実際の治療の改善にどのように活かされているのか、パラドックスのように見えるこの状況を理解するには、がんの「生態」について私たちは何を知っているのか、またその知識をどう生かしているのかを考えなければならない。

 この観点から見ると、がんの未来にはとてつもなく大きな希望があるという。 発症リスクが生涯を通して低下し、万が一発症した場合でもその治療の成功率が高まるというのだが。

 大半の場合、両親から受け継いだ遺伝子そのものを原因とするがんの発症リスクは際立って大きいわけではない。 がんが発症するのは、体の細胞が分裂する際に遺伝子のコピーエラー(突然変異)が起こるときだ。最近よく引用される論文によると、30億に及ぶ細かな遺伝子の情報をコピーする際には、こうしたエラーは避けられないものらしい。

 大半の場合、両親から受け継いだ遺伝子そのものを原因とするがんの発症リスクは際立って大きいわけではない。がんが発症するのは、体の細胞が分裂する際に遺伝子のコピーエラー(突然変異)が起こるときだ。最近よく引用される論文によると、30億に及ぶ細かな遺伝子の情報をコピーする際には、こうしたエラーは避けられないものらしい。

 それは事実かもしれないが、だからといってがんの発症が避けられないというわけではない。 細胞分裂が最も速く、最も頻繁に起こるのは胎児のときだ。 毎日、数十億もの細胞が分裂し、数十億もの新たな細胞が生まれている。 だが、新生児ががんを発症している例は非常にまれだ。 反対に、加齢とともに細胞分裂の頻度は減少するものの、がんの発症は増える。


● 細胞へのダメージは後天的な要因が! 

 この食い違いの原因は何か。 ひとつ見過ごされてきたことは、妊娠中には母親と胎盤の両方が胎児を外の環境から守っているということだ。 一方、私たちは年を取りながら、自らを有害な環境にさらし続けている。 細胞組織にダメージを与えるウイルスやバクテリアに常にさらされている。 それは大事を引き起こす病原体の侵入にとどまらない。 ダメージの大半は自分自身によるものだ。日焼けや喫煙、環境汚染物質、食べ過ぎなどで、私たちは絶えず細胞組織にダメージを与えている。つまり、ダメージを受けている「戦場」の最前線で、細胞増殖を強いているようなものだ。

 大半のがんは、こうした過酷な環境下で発症する。 過酷な環境がDNAに打撃を与え、細胞分裂の際のコピーを難しくさせ、より多くの突然変異につながることは以前から知られている。
 最近分かったことは、ダメージを受けた組織が再生する間、ダメージを受けた組織内のすべての細胞を生かしておくために、ほかの細胞が支援に乗り出すということだ。 健康な細胞に限らず、突然変異を起こした病的な細胞もそうする。
 通常であれば異常な細胞を検知し、それを破壊するはずの免疫システムが作動しなくなる。 有害な突然変異を持った細胞の生存を刺激する成長因子が作られ、現代人の習慣である食べ過ぎにより、ダメージを悪化させる栄養物質が過多に供給され続けることになる。

 これは10年前には私たちが知らなかった科学的事実だが、この発見はがんの治療法の向上や予防にどう役立てられるのだろうか。

 はっきりしていることもある。 喫煙しない、日焼け止めを使う、不必要な放射線の照射を避ける、ワクチン接種を受けるといったことだ。 
 米国では従来、喫煙が予防可能ながんを発症させる一番の要因として挙げられていたが、向こう10年の間に、過度な糖分摂取を主因とする肥満が喫煙を上回って最大の要因になるとみられている。
 すでに大衆衛生面では、この新たな科学知識が利用されつつある。今年に入って、食事に含まれる糖分量を減らすよう新たな指針が加えられた。


● プレシジョン・メディシン(精密医療)

 新たな情報はがん治療を根本的に変えつつある。 最近まで、がんはその発生源となった組織を狙う治療が行われてきた。 現在は患者の腫瘍に発生した正確な突然変異を知ることで効果的ながん治療が行われる事例が増えてきた。 がんが発生した場所とは関係ない。この方法は「プレシジョン・メディシン(精密医療)」と呼ばれている。

 特定の突然変異によるがん患者は今、その突然変異の影響を選択的に反転させるよう設計された薬剤によって効果的に治療されている。 こうした薬剤治療は「標的治療法」と呼ばれている。 この治療法の欠点は特定の突然変異を原因としないがんには通常、何ら恩恵がないということだ。 がんの原因になる突然変異を標的にした治療例はまだ少数ではあるものの、こうした薬剤が利用できる場合は治療結果が劇的によくなる可能性がある。

 免疫学者は最近、人間の免疫システムには初めから「オフスイッチ」が組み込まれていることを発見した。 システムが作動した数週間後に自然にスイッチが切れるのだ。 そこで、この通常の「オフスイッチ」を遮断し、突然変異が生じた細胞を認識し、破壊する能力を維持する治療法が開発された。適切に行われれば、この「免疫療法」は素晴らしい効果を発揮する。がんと闘う体の能力を高める治療を行い、広範囲に転移していたがんが消滅したという事例もあるという。

 がんに関する私たちの知識はまだ拡大している最中だ。 がんは組織を修復する能力をもった細胞の中で主に発生するということも分かってきた。 組織がダメージを受けると、いわゆる「前駆細胞」がダメージを受けた部分を埋めるために大量に増殖し、それが完了すると、今度は元の組織に似るように分化する。
 がんの中で発見された突然変異を起こした細胞の中には、その分化開始の信号を受け取らないものや、信号に反応しないものがあった。 その結果、前駆細胞の増殖が止まらなくなる。

 がんの治療法を見つけるのにどうしてこれほど長い時間がかかるのだろうか。
 主な理由は、がんはひとつの疾患ではないという事実にある。 各組織にはそれぞれ個別の前駆細胞があり、それぞれの組織は両親から受け継いだ遺伝子の特定の部分だけを使う。また、環境から受けるダメージは組織ごとに異なる。
 私たちは多様ながんの発生につながるこうしたすべての要因の相互作用を理解し始めたばかりだ。 これらの問題を理解することが最終的にそれぞれの患者の病気に対する治療法の最適化につながる。