その店先に3本の桜の古木があり、大きくひろげた枝先は、道を挟んだ玉川の川岸にまで達するほどであり、毎年、桜の花の咲く頃になると、うす桃色の桜のトンネルができる。
今年も例年よりやや遅くはあったが、見事に花をさかせ、散歩で行き交う人々の目を楽しませてくれていた。この日は、満開を過ぎようとしている花びらが、やわらかな春風が吹くたびに花吹雪となり、足元はまるで薄く積もった雪のようであった。
詩人谷川俊太郎の父で哲学者の谷川徹三氏が、「花吹雪」という言葉を世界一美しい言葉と賞したように、日本人にとって特別な存在の花なのである。
『 願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃 』
この歌を残した西行法師は、「かなう事なら、桜の花の下で春に死にたいものである。しかも草木の萌え出ずるきさらぎ(如月は旧暦2月で、現行暦の3月)の望月(満月・16日ころ)の頃がよい。」のとおりに、桜の咲いていたその日に亡くなったと言われている。
山家集にはまた、『雪と見て、かげに桜の乱るれば、花の傘着る春の夜の月』
(雪が降っているのかと思ってみれば、桜の花びらが風に吹かれて舞っているのであった。その向こうに春の月が花の傘を着ているかのように見えた) の歌も残している。
桜は日本を代表する花であり、古くからこよなく愛されてきたそんな桜にまつわる言葉をいくつか記してみる。
花 時(はなどき) 桜の花が咲く時季
桜 狩(さくらがり) 花見
花盛り(はなざかり) 満開の桜
花 影(はなかげ・かえい) 水面などに映った桜花の影
花明り(はなあかり) 夜、満開の桜のまわりがほのかに明るく感じる様
花 衣(はなごろも) 花見に行く際の女性の美しい着物
花疲れ(はなづかれ ) 花見に行って疲れること
花 人(はなびと) 花見の人
花 守(はなもり) 花の番をしている人
花 篝(はなかがり) 夜桜を見るために花の下で炊かれる篝火「花雪洞」
花 筵(はなむしろ) 桜の花びらが一面に散り敷いている様子
花 曇(はなぐもり) 桜の頃に多い曇天。花を養うとの意で「養花天」
花の雨(はなのあめ) 花見の頃に降るあいにくの雨「桜雨」
花の風(はなのかぜ) 桜を散らしてしまう恨めしい風「花嵐」
花の雪(はなのゆき) 雪のように散る桜花
零れ桜(こぼれざくら) 散る桜
花 筏(はないかだ) 水面に散った花びらが吹き寄せられ流れていく様
残 花(ざんか) 散り残った桜花
桜流し(さくらながし) 散った花びらが雨や水に流れていく様子
これらの言葉を見ただけでも、桜は日本人に愛されてきたことが分かります。
現在では桜と言えば、ソメイヨシノが一般的であるが、古くは山桜の類を指していたようである。
八重桜など種類によっては、これから咲き始めるものもある。
桜の花が咲き始めると、そろそろ春の農作業を始める合図である。田おこしが始まり、田んぼに水が張られると、代かきが行われてやがて田植えの季節となる。
畑では、夏野菜の苗を植えつける前準備。 冬の間固くなった土を耕し、草をとり、堆肥を入れ、うね作り。
それまでもう少し残花を楽しむことにしよう。
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